「タリーズ高い。」から考える、値付とデザインの話
久々にタリーズに来たのだけれど、タリーズのドリップコーヒーは高い。
ぼくは自他ともに認めるコーヒー好きで、暇さえあればカフェでブログ記事を書いたり、家では粉から自分で淹れたり、コーヒー豆を届けるWebサービスを開発したりまでしている。
そんな中で、近所にあることもあり、よくスターバックスに通うのだけれど、スターバックスでは高いと感じたことはあまりない。スタバと比べたときに、実際には何十円単位という違いしかないのだけれど、なんか高いなぁーと思ってしまう。
価格が伝えることは、実は額面という意味以上のことだ。今回は、そうした値付けの持つ意味を、デザインと結びつけて考えてみたい。
このエントリーを書くに至った経緯
あなたは、常連と呼べるような店はあるだろうか。最近ぼくは世田谷に越してきて、世田谷のある一角にあるスターバックスコーヒーを利用している。
カフェの魅力は、あらゆる品揃えとか、お店の雰囲気もあるけれど、ぼくはブラックコーヒーをストレートで飲んだときにその店ならではの魅力を感じる。だから、フラペチーノだとかココアだとかではなく、ドリップコーヒーを愉しんでいる。他のお店でも同じようなところもあるけれど、スターバックスでは、日替わりでコーヒーを出してくれるので、毎日違ったテイストを楽しめる。ぼくはその中でもパイクプレイスローストがとても好きで、好きなコーヒーが出てくると、その日のぼくはテンションが高い。
スターバックスのドリップコーヒーは、ショートサイズだと280円(税込302円)だ。まぁ、コーヒー1杯に300円もかけるということ自体、ぼくもいまでさえ贅沢だなあとは思う。ところが、タンブラーを持ち込むと、すべてのドリンクが20円引きになるので、ショートドリップは260円(税込280円)になる。
さらにスターバックスでドリップコーヒーを頼むと、当日限りでどの店舗でも、同じサイズのコーヒーを100円(税込108円)でおかわりできるワンモアコーヒーのレシートがもらえる。たまたま出掛け先で時間が空いたときに、ワンモアコーヒーのレシートがあるとふらっと立ち寄りやすいので、とってもありがたい。
もうスタバのコーヒーをおかわりするということでいいんじゃないか
ドトールの薄いコーヒーを2杯飲むのと、スタバでショートドリップを2杯飲むのは、あまり金額が変わらないというかかえって安く済む。ドトールのブレンドコーヒーSは1杯220円、2杯だと440円だが、スタバでタンブラーを持ち込んでおかわりしても388円だ。実際は【52円】の差でしかないけれど、それぞれの額面を見比べると大きな差を感じる。
スタバでも【200円代】でコーヒーが飲めるのか! そう思うと、今まではなんだか敷居が高く感じていたけれど、「あのスタバに」気軽に通えるようになった。
そんなぼくが、今朝たまたまタリーズに行ったときの話。
今朝、たまたま用事があり、都内のタリーズコーヒーに入った。タリーズを持ち込んだ松田公太さんが好きで、自伝を読んだこともあり、なにかスタバと似た雰囲気もあり、好感があった。しかし今日、その好感が崩れた。
いつものように、ドリップコーヒーを注文しようと、店員さんの前でメニューを拝見する。ドリップコーヒー、320円(こちらはすでに税込だ)。たまたまタンブラーがなかったのだけれど、タンブラーを持ち込むと290円になるらしい。それでもスタバより10円高いんだなと思いつつ、注文。コーヒーもぼくの好み以上に酸味があり気になったけれど、それ以上に気になったのが、ワンモアコーヒーだ。
タリーズにもワンモアコーヒーのシステムがあり、レシートを持ってくればもう1杯が安く飲める。しかし、150円。税込とはいえ、この50円が余分だ! しかも、同一店舗での利用に限り有効だという…。その場でお代わりするか、家が近くて寄りやすいかくらいしかおかわりをする選択肢がない。そんなわけで、スタバでのおかわりに比べて、タリーズはちょっと敷居が高いというか、2店舗が近くにあったら絶対スタバ行くわと思った瞬間だった。
値付の重要性
たった数十円の差でも、持つ印象がだいぶ変わってくる。それくらい価格の持つメッセージは強い。でも、なぜそう思ってしまうのだろうか。
見られ方と見方。その差は大きい
結局のところ、収益を上げている企業は、次のことをよく理解している。それは、「どう思われるか」ではなく「どう思うか」が大事ということだ。
個人的な見解ではあるけれど、スターバックスは「どう思うか」を大切にしているのだと思う。微妙なラインだとは思うが、フラペチーノや季節のドリンクを楽しむ客層には、それなりの値段で提供しながらちゃんと収益化を図りつつ、ドリップコーヒーをメインに注文する層にも200円代ラインという魅力的な価格帯を設定して逃さない。一方、タリーズはどちらかといえば「どう思われるか」路線で、スターバックスと同じようなポジショニングでやっているのかどうかは分からないけれど、それにしては若干プライシングを外している気がする。他のメニューを見ても、同じように若干高いと感じてしまうのは、ぼくだけだろうか。
価格にどんな思いを込めるか
まあそんな差は大したことないと言われればおしまいだが、ぼくみたいに値段に敏感に反応するひともいるだろう。それほど大きな差はないと経営者が感じていても、お客は満足しないこともある。そういうときは、見られ方を気にしてこれで大丈夫だろうと思っているけれど、客がどう見るか、ということを飛ばしているときだと思う。
京セラの創業者・稲盛和夫さんが「値決めは経営だ」ということを言ったけれど、まさに的を射ている。事業において、その収入源である売上を最大限に伸ばしていくためには、値段のつけ方が決め手となる。値段を安くすれば誰でも売れるが、それでは経営はできない。けれど、高飛車に値段を設定すればいいというわけでもない。お客が喜んで買ってくれる最高の値段、つまりお客が喜び自分も儲かる一点を見抜くことが大切だ。
お客が喜び自分も儲かる──そう言われると値付は難しいように感じるけれど、もっとこんなふうに利用して欲しい、というメッセージを価格に込めることだってできる。以前サイゼリヤの正垣社長が「いくら掛かるか分からない状態では、お客様にストレスを与える」「価格差を広げずにお客様に安心感を与える」という趣旨のことをいつだかのインタビュー記事で言っていた。うちはこういうふうに価格を付けますよ、という方針のようなものをプライシング・ポリシーと言ったりするが、サイゼリアのように明確な言葉でプライシングができているところはまだ少ないように感じる。
これはぼくのセンスのなさに起因するかもしれないけれど、正直なところスタバとタリーズのドリップコーヒーにそれほど明確な違いを見いだせていない(笑) むしろ価格を差し置いても、スタバを選びたくなるくらいだけれど、その【52円】は一体どんな付加価値なのだ? その答えが出ない限りは、ぼくはこれからもスタバに行き続けるだろう。
値付とデザインは似ている
さて、これだけだと経営の話に終始してしまうけれど、ぼくはデザイナーというお仕事をしているので、「タリーズって、高いよね」っていうこの感覚が、デザインにも当てはまるな、ということを考えた。値決めもデザインも、ベクトルの方向性が次の点で共通している。
1. ひとりよがりのデザインはウケない
自分のもっていきたい世界観だけを突き通してお客のことを見ていないプライシングは、自分の作りたい世界観だけを主張してクライアントのことを全く見ていないデザイナーに似ている。
これはWebデザインもそうだしプロダクトデザインにも言えるけれど、おかげさまでテクノロジーが発達してきたからこそ、自分が想像していたものをストレスなく具現化できるようになってきた。優れたデザインとテクノロジーの組み合わせは、大いなる可能性を生み出すと、どんなデザイナーも信じている。けれども、これからの時代、ただデザインセンスやデザインスキルを持っているだけでは、メシを食っていけない。共感を生み出す力(「共感力」とでも呼ぼう)が大切だ。
自分がどう思うかだけでなく、他のひとは共感するか、という他者感覚。自分のスキルをひけらかすデザインには、そうした他者感覚がない。これは他者の目を気にしすぎるということではなく、別の見方も取り入れるということだ。
以前、twitterでセブンイレブンのコーヒーマシーンに「テプラが貼られていること」が話題になった。デザインをする際、視覚的なことを重視しすぎて、使いやすさを踏み台にしてしまうことがある。このまとめ記事を読んで、あなたはどう感じるだろうか。
2. 「なぜ」があるデザインにひとは魅せられる
イギリス・ウィンブルドン出身のサイモン・シネックは、2009年9月のTEDカンファレンスで、「『Why』より始めよ」という優れたアイデアを示した。
このTEDトークの中で、ぼくの好きなくだりがある。
例えば、私がアップル製品を購入し利用するのは、使い勝手がよく、簡単に操作できるからです。もしアップルが「普通」の会社であれば、こんな具合の謳い文句を使うでしょう、「私達は素晴らしいコンピューターをつくっています。ファッショナブルなデザイン、操作はシンプルでユーザーフレンドリー。どうですか?」「要りません」と。
アップルが愛される理由は、他と違った考え方にこだわった結果としてのデザインがあるからだ。優れたデザインは、なぜ優れているかの説明ができる。同じように、値付をするときにも、なぜその価格にしたのか、明確なポリシーを感じるものに惹かれるものだ。
3. わずかな「差」にこだわり抜けるか
先ほどコーヒーの値決めの話で【52円】の差が与える印象は大きいという話をしたけれど、はっきり言ってこの【52円】という価格差は、ひとによっては大したことないかもしれない。ただし、値決めは経営だというように、優れた経営者であれば、たとえ【1円】の差でもこだわり抜くだろう。同じように、デザイナーは【1mm】の差、【1px】の差に本当にこだわり抜くかどうかで、真価が問われる。
ちょっと脱線してしまうけれど、All Aboutの記事で「お金持ちが1円玉を大切にするのはナゼ?」という記事の中で、お金持ちほど「1円玉」が道に落ちていたら拾うと答えたそうだ。一方、お金持ちでないひとは「たかが1円」「拾うとせこいと思われる」というふうに「拾わない」と答えるひとが圧倒的だった。このわずかな思考の違いが生活レベルまで左右しているのかと思うと、やっぱり【52円】の差は大きいなあと思ってしまう。
まとめ
最後に断っておくと、今回はタリーズのことをディスりたいから記事を書いたのではなく、あくまでもイチ消費者としてのひとつの声として思うままに書いてみた。ただ、先程も値付とデザインの共通点で見ていったように、消費者がどう見えるか、どう共感するかという視点は、仕事をする上でとても大切だ。小さな不満から生まれた記事だったけれど、そうしたある種のプロ意識のようなものまで踏み込んで発見できたのは、書いていて楽しかった。
ワンモア!
マーケティングに興味があるなら「価格の心理学 なぜ、カフェのコーヒーは「高い」と思わないのか?」を読んでみよう。ストーリー形式で、1章毎にテーマに沿って進むので、非常にわかりやすく学ぶことができる。実際はカフェのコーヒーが「高い」と思うかどうかは、時と場合によるけれど…価格戦略と行動経済学、経済心理学がまるごと1冊で学べるお得な本だ。
今日のひとりごと
社会人だけど、大学に入った。デザイナーだけど、経済学部に入った。経営センスも兼ね備えたデザイナーになりたい。